神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1348号 判決 1991年5月31日
原告 国 ほか一名
代理人 杉浦三智夫 中村悟 柳原孟 板垣高好 ほか九名
被告 栗田和男
主文
一1 栗田不動産株式会社(以下「滞納会社」という。)が被告に対してなした昭和六二年二月二三日金四六〇万円、昭和六一年一一月一七日金三〇〇万円、同月一四日金一億三〇〇万円、同月一〇日金二〇〇万円、同年九月二七日金一一〇万円合計金一億一三七〇万円の各弁済は、金九二七七万五七八六円の範囲において、順次これを取消す。
2 被告は、原告国に対し、金九二七七万五七八六円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二1 滞納会社が被告に対してなした昭和六二年二月二三日金四六〇万円、昭和六一年一一月一七日金三〇〇万円、同月一四日金一億三〇〇万円、同月一〇日金二〇〇万円、同年九月二七日金一一〇万円合計金一億一三七〇万円の各弁済は、金四二一一万五七五五円の範囲において、順次これを取消す。
2 被告は、原告府に対し、金四二一一万五七五五円を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一 申立
1 原告国
主文同旨の判決と仮執行宣言
2 原告府
主文同旨の判決と仮執行宣言
3 被告
(一) 原告らの各請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
二 主張
1 原告国
(一) 請求原因(第五七〇号事件)
(1) 原告国は、滞納会社に対し、平成元年四月二〇日現在において、昭和六一年三月一日から昭和六二年二月二八日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税(納期限六二・四・三〇)の本税五九一七万六七八六円、平成三年四月一九日現在における延滞税三三五九万九〇〇〇円の合計金九二七七万五七八六円の租税債権(以下「本件国税債権」という。)を有している。
(2) 滞納会社は、昭和五二年三月二六日、土木建築の設計・施工及び請負並びに不動産の売買・賃貸・管理及び斡旋仲介等の事業を目的として設立された株式会社であるが、数年後休業状態となつていた。
(3) 滞納会社は、別紙物件目録一ないし八記載の各不動産(以下「本件物件一ないし八」という。)を所有していた。
(4) 滞納会社は、昭和六一年九月二六日、ブイワン商事株式会社(以下「訴外会社」という。)との間に、本件物件一ないし六、八を、代金四億三九〇〇万円、手付金三〇〇〇万円、履行期同年一一月一〇日に残代金の支払と引換えに所有権を移転する旨の売買契約を締結し、訴外会社から、同年九月二六日手付金三〇〇〇万円、同年一一月二〇日残代金四億九〇〇万円の支払を受け、同日、訴外会社にその所有権移転登記をした。
(5) 滞納会社は、同日、大塚優に対し、本件物件七を代金六〇〇万円で売渡し、同日、大塚から代金六〇〇万円の支払を受け、大塚にその所有権移転登記をした。
(6) 滞納会社は、昭和六二年四月三〇日、東淀川税務署長に対し、昭和六一年三月一日から昭和六二年二月二八日までの事業年度に係る法人税について、昭和六二年四月三〇日、所得金額を一億五七八〇万七四一円、課税土地譲渡利益金額を一億九〇五五万一〇〇〇円、納付すべき税額を一億五四五万一三〇〇円とする確定申告をなし、申告に係る法人税の一部として、同日、金四六一九万四五一四円、同年八月一二日金八万円を納付した。
(7) 詐害行為取消権の被保全債権は、必ずしも詐害行為以前に成立していることを要すると解すべきではなく、詐害行為の当時債権発生の基礎となる事実が発生しており、近い将来において高度の蓋然性をもつて債権の成立が見込まれる場合には、責任財産の維持・保全の必要性のほか、債務者の財産管理の自由、取引の安全等を総合考慮しても詐害行為の成立を否定すべき理由はない。
法人税債権のうち土地重課税部分の金額は、当該土地の譲渡による収益の額から、これに対応する原価及び当該譲渡のため直接又は間接に要した経費の額を控除した譲渡利益金額を基礎として算出されるのであるから、その発生の基礎となる事実は当該土地の譲渡であり、一般に当該譲渡の時点ですでに当該事業年度の終了とともにその発生が高度の蓋然性をもつて見込まれることが明らかである。
本件においては、本件弁済以前に本件物件の譲渡が行われており、その後滞納会社において土地の取得及び売却が行われる可能性がなかつたのであるから、本件弁済の時点において、すでに本件国税債権の発生の基礎となる事実が発生しており、かつ近い将来である本件事業年度の終了とともに本件国税債権の成立が確実に見込まれる状態にあつたものである。
従つて、本件国税債権は、詐害行為取消の被保全債権たりうるものである。
(8) 滞納会社は、本件物件の譲渡代金四億四五〇〇万円から、売買仲介手数料、本件物件取得に際して借受けた東洋信用金庫よりの借入金債務等を支払つた。
滞納会社は、昭和五六年四月一日、被告を連帯保証人として、同金庫から二億七〇〇〇万円(右借入金)を借受け、被告がその利息・延滞利息を代位弁済してきたので、昭和六一年九月二七日には被告の滞納会社に対する右代位弁済による求償債権は一億二七〇〇万円余に達していた。
そこで、滞納会社は、被告に対し、右求償債務の履行として、右残金より別紙弁済目録記載のとおり弁済(以下「本件弁済」という。)した。
(9) ところで、滞納会社は、本件国税債権が将来発生することを十分認識しながら、その納付を免れる目的をもつて、被告と通謀して、本件弁済をしたものであり、滞納会社は、本件弁済により無資力となつた。
(10) 延滞税は、国税の全部又は一部を法定納期限に納付しない場合に、未納税額を課税標準として課される附帯税であり(国税通則法六〇条一項)、本税と独立して賦課決定がなされ納期限も別に定められる加算税等(同法三二条一項、三五条)とは異り、その発生・存続・消滅の関係において本税に対する従属性が極めて強いものである。従つて、本税が被保全債権たりうる場合には延滞税も被保全債権たりうると解すべきである。
また、延滞税は、本税が法定納期限を経過してもなお納付されない事実が発生した時に成立し、それと同時に特別の手続を要しないで確定するのであり(同法一五条三項七号)、詐害行為取消権によつて保全すべき必要性は遅延損害金の場合と同様に解しうる。従つて、本件延滞税債権を詐害行為取消権の被保全債権から除外すべき理由はない。
よつて、原告国は、被告に対し、滞納会社に対する本件国税債権を徴収するため、国税通則法四二条、民法四二四条の規定により、本件国税債権額である金九二七七万五七八六円(本税五九一七万六七八六円、平成三年四月一九日現在の延滞税三三五九万九〇〇〇円の合計額)の範囲内において本件弁済の取消を求めるとともに、右金九二七七万五七八六円の支払を求める。
(二) 抗弁に対する認否(第五七〇号事件)
(1) 被告主張抗弁事実のうち、被告が本件弁済当時滞納会社の代表取締役を兼ねていたことは認めるが、その余は否認する。
(2) 滞納会社は、被告一族の同族会社であり、かつ被告がその実権を握つていたことから、<1>被告の個人企業的性格が強く、本件弁済は、債務者(滞納会社)と債権者(被告)が実質上同一人格であり、<2>被告が納税協会・納税貯蓄組合等各種団体の役員であつたこと、<3>被告が不動産売買業を目的とする滞納会社の代表取締役として過去に不動産譲渡に伴う法人税の申告・納税をしたこともあつたから、法人税額について大巾にその認識を誤るとは考えられないこと、<4>税理士の指導を受けていたから不動産譲渡による税額計算を大巾に誤るおそれはないこと、<5>被告が本件物件以外に滞納会社に財産がないことを熟知していたこと等を考慮すると、被告は、通謀的害意を有し、本件弁済が債権者を害すべき事実を知つていた(悪意)ものと推認することができる。
2 原告府
(一) 請求原因(第一三四八号事件)
(1) 原告府は、滞納会社に対し、平成元年四月二〇日現在において、本件事業年度の法人事業税(納期限六二・四・三〇)の本税二〇四二万二八七五円、平成三年四月一九日現在における延滞税一一七一万九六〇〇円の合計金三二一四万二四七五円、法人府民税(納期限六二・四・三〇)の本税六三三万七一八〇円、平成三年四月一九日現在における延滞税三六三万六一〇〇円の合計金九九七万三二八〇円、以上総計金四二一一万五七五五円の租税債権(以下「本件府税債権」という。)を有している。
(2) 第五七〇号事件の請求原因(2)ないし(5)のとおり。
(3) 滞納会社は、昭和六二年四月三〇日、大阪府淀川府税事務所長に対し、本件事業年度に係る法人事業税、法人府民税について、課税標準となる所得を一億五七八〇万七四一円、納付すべき法人税事業税額二〇四八万三〇一〇円、課税標準とする法人税額一億五四五万三〇〇〇円、納付すべき法人府民税額六三三万七一八〇円とする申告書を提出した。
(4) その後、原告府は、昭和六二年七月九日、本件府税債権の滞納処分として、滞納会社の東洋信用金庫、摂津信用金庫、十三信用金庫に対する各出資金、預金債権合計金六万一三五円を差押え、同月一五日これを取立て、同額を法人事業税に充当したので、同税の本税は、金二〇四二万二八七五円となつた。
(5) 以上の経緯よりして、滞納会社にあつては、本件弁済の時点において、すでに本件府税債権成立の基礎たる事実が存在し、本件事業年度の終了とともに本件府税債権が成立することが高度の蓋然性をもつて見込まれる状態にあつた。
(6) 第五七〇号事件の請求原因(8)のとおり。
(7) ところで、滞納会社は、本件府税債権が将来発生することを十分認識しながら、その納付を免れる目的をもつて、被告と通謀して本件弁済をしたものであり、滞納会社は、本件弁済により無資力となつた。
(8) 延滞金は、法人府民税・事業税の全部又は一部を法定納期限に納付しない場合に、未納税額に対し課せられる附帯債務であり、本税に対する従属性が極めて強く、いわば遅延損害金と同じ性格を有するものとして、本税が詐害行為取消権の被保全債権となりうる場合には、延滞金も被保全債権となりうると解すべきである。
よつて、原告府は、被告に対し、滞納会社に対する本件府税債権を徴収するため、地方税法二〇条の七、民法四二四条の規定により、本件府税債権額である金四二一一万五七五五円(本税二六七六万五五円、平成三年四月一九日現在の延滞税一五三五万五七〇〇円の合計額)の範囲内において本件弁済の取消を求めるとともに、右金四二一一万五七五五円の支払を求める。
(二) 抗弁に対する認否(第一三四八号事件)
(1) 被告主張抗弁事実(1)のうち、被告が本件弁済当時滞納会社の代表取締役を兼ねていたことは認めるが、その余は否認する。
本件物件の売買に関する税については、被告は税理士の指導を受けていたのであるから、被告が税額計算を大巾に誤ることはあり得ない。
(2) 被告主張抗弁事実(2)は否認する。
府税事務所においては、昭和六二年四月三〇日に申告された滞納会社の法人府民税・事業税が滞納となつていることにより、同年五月二〇日に督促状を送付し、その後に電話で滞納会社の代表者である被告へ税金の納付の問い合せをしたところ、被告から会社は営業しておらず財産もないので納付できないという回答を受けた。
そこで、滞納会社の財産調査に着手し、その結果、東洋信用金庫本店外二行にある同会社の預金合計六万円余を発見したので、同年七月九日右預金の差押えを行ない、これを取立てた。
また、東洋信用金庫及び摂津信用金庫に対する会社の出資金一一万円が知れたので、同年八月二〇日、その差押えをした。
府税事務所では、同会社の任意の納付及び残余財産からの強制徴収が見込めなくなつたため、昭和六三年五月頃から他の徴収方法(地方税法一一条の六、一一条の八による第二次納税義務の追及等)について検討し、そのため、本件物件売却代金の使途に不当な点がないかどうかを調査すべきであると判断し、その調査を和歌山相互銀行大阪支店等で行なつた。その結果、同年六月に滞納会社が本件物件を売却した後その代金の一部をもつて本件弁済をした事実を確認した。
被告は、昭和六二年七月頃府税事務所職員より「国税当局から聞いたのだが、被告は会社から本件弁済を受け、会社は府民税や事業税を払えないのですね。」との趣旨の電話を受けたと主張するけれども、滞納会社が被告へ債務弁済をしたとの話をその頃国税局から聞いた事実はないし、そのような電話を被告にした事実も全くない。
そもそも同年七月頃は、前記のとおり滞納会社の財産の調査とそれよりの徴収にかかつている時であり、そのような電話をする筈もない。
3 被告
(一) 請求原因に対する認否(第五七〇号事件)
(1) 請求原因(1)ないし(6)の各事実は認める。
(2)イ 同(7)の事実は否認する。
ロ 本件国税債権は、昭和六二年二月二八日の到来によつてはじめて成立したものである。
ハ ところが、本件弁済は、右債権の成立前に行われたものであるから、右弁済は詐害行為の要件を欠いている。
ニ 仮に本税分について本件弁済が詐害行為になるとしても、延滞税分については、延滞税債権の発生の基礎たる事実は、本税の成立及び滞納会社が本税の納付期限である昭和六二年四月三〇日を本税の不払いのまま徒過したことであるから、これに先立つ本件弁済が原告国の延滞税債権を詐害したことにはならない。
(3) 同(8)の事実は認める。
(4) 同(9)の事実のうち、滞納会社が本件弁済により無資力となつたことは認めるが、その余は否認する。
(5) 同(10)は争う。
(二) 抗弁(第五七〇号事件)
(1) 被告は、本件弁済当時、滞納会社の代表取締役を兼ね、滞納会社が被告の個人企業に近い存在であつたことがいえるとしても、それは、被告と滞納会社との意思の連絡が密であつたことを裏付けるにすぎず、通謀的害意まで推認させるものではない。
(2) また、被告は、本件国税債権発生の基礎たる事実について本件弁済当時認識していたが、税額については大巾にその認識を誤つた。
被告は、税理士の指導を受け、本件弁済を受けても滞納会社が本件物件の売却益から右弁済額を控除した残額で国税、府税のすべてを支払うことが可能であるとの回答を得たので、本件弁済を受けたものである。
被告が本件物件売却に伴う国税がかように高額なものとなることを認識していたならば、そもそも滞納会社をして本件物件を売却させなかつたであろうし、本件弁済も受けなかつた。
(3) 被告は、本件物件以外に滞納会社の財産がないことは認識していたが、右売却益のすべてを弁済として受領したわけではなく、弁済として受領したのは、売却益の一部であり、残余は滞納会社の財産として、本件国税債権の納付用に留保しておいた。
(4) また、被告が右売却益より満足を得た債権額も、合計一億三〇六五万円余にのぼる求償債権の一部にすぎない。
(5) 以上のとおり、被告には本件弁済を受けた当時、本件弁済に関して通謀的害意はもとより、本件弁済が他の債権者を害すべき事実を知らなかつたから、詐害行為の要件を欠く。
よつて、原告国の本訴請求は失当である。
(三) 請求原因に対する認否(第一三四八号事件)
(1) 請求原因(1)ないし(4)の各事実は認める。
(2)イ 同(5)の事実は否認する。
ロ 本件府税債権は、昭和六二年二月二八日の到来によつてはじめて成立したものである。
ハ ところが、本件弁済は、右債権の成立前に行われたものであるから、右弁済は詐害行為の要件を欠いている。
ニ 仮に本税分について本件弁済が詐害行為になるとしても、延滞税分については、延滞税債権の発生の基礎たる事実は、本税の成立及び滞納会社が本税の納付期限である昭和六二年四月三〇日を本税の不払いのまま徒過したことであるから、これに先立つ本件弁済が原告府の延滞税債権を詐害したことにはならない。
(3) 同(6)の事実は認める。
(4) 同(7)の事実のうち、滞納会社が本件弁済により無資力となつたことは認めるが、その余は否認する。
(5) 同(8)は争う。
(四) 抗弁(第一三四八号事件)
(1) 被告は、滞納会社の代表取締役として、本件物件の売却により滞納会社に税金の納付義務が発生することを十分予測していたので、税理士の指導を受け、本件弁済を受けても、滞納会社が右売却益から右弁済額を控除した残額で国税、府税のすべてを支払うことが可能であるとの回答を得たので本件弁済を受けたものである。
被告が本件物件売却に伴う府税がかように高額なものとなることを認識していたならば、そもそも滞納会社をして本件物件を売却させなかつたであろうし、本件弁済も受けなかつた。
従つて、被告は、本件弁済を受けた当時、本件弁済が他の債権者を害すべき事実を知らなかつたから、詐害行為の要件を欠く。
(2)イ 被告は、昭和六二年七月頃、原告府の税務担当職員から、「国税当局から聞いたのだが、被告は会社から本件弁済を受け、会社は府民税や事業税を支払えないのですね。」という趣旨の問い合せを受け、これを肯定する旨の返答をした。
ロ 従つて、仮に本件弁済が詐害行為にあたるとしても、右経緯よりして、原告府は、遅くとも同年七月末頃までに本件弁済が行われたこと及び本件弁済により滞納会社が無資力となつて、本件府税債権の納付を受けられなくなつたこと、すなわち詐害行為取消の原因たる事実を覚知した。
ハ そして、原告府の本訴提起は、右覚知の時から約二年二月経過後の平成元年九月七日であり、すでに二年の短期消滅時効が完成していた。
ニ そこで、被告は、民法四二六条に基づき平成二年一〇月九日の本件口頭弁論において、右事効を援用した。
よつて、原告府の本訴請求は失当である。
三 証拠 <略>
理由
第一第五七〇号事件について
一1 請求原因(1)ないし(6)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 右事実によれば、昭和六二年四月三〇日、原告国が滞納会社に対し、一億五四五万一三〇〇円の法人税本税債権が成立確定したことが明らかである。
3 そして、前記1の認定事実によれば、右2の租税債権の成立以前である昭和六一年九月二六日及び同年一一月一〇日に本件物件が譲渡され、登記が経由されたことが明らかである。
4 また、前記1の認定事実によれば、本件国税債権が成立確定したことが明らかである。
二1 国税通則法四二条によれば、民法四二四条の規定は、国税の徴収に関して準用される。
2 債権者取消権の被保全債権は、原則として、債務者の詐害行為たるべき行為がなされる前に発生したものであることが必要である(最高裁判所昭和三三年二月二一日第二小法廷判決、民集一二巻二号三四一頁参照)。
3 しかし、詐害行為当時には未だ債権は発生していなくても、その基礎となる法律関係が存在し債権発生の蓋然性が高い場合には、例外的に詐害行為取消を認めるべきであると解するのが相当である。
4 租税(法人税)債権に関して検討するに、当該事業年度開始の数年前に実質上営業活動を休止した法人が、当該事業年度の中途において、営業を確定的に廃止する目的をもつて残存財産のすべてである不動産を一時に第三者に譲渡し、その後不動産取引等一切の営業活動をしなかつた場合には、右譲渡の時点においてすでに租税債権発生の基礎となる法律関係が存在し、かつ当該事業年度の終了の時に租税債権が成立する高度の蓋然性が見込まれるので、租税(法人税)債権は、法律(法人税法)の定める課税要件を充足することによつて、法律上当然に成立するという特質に鑑み、詐害行為取消権の成否を判断するにあたつては、これをもつてすでに発生した債権というを妨げず、当該事業年度の終了の時に確定した租税(法人税)債権を被保全債権とする詐害行為取消権が成立するものと解するのが相当である。
5 右4の法理は、租税(法人税)債権の本税分について妥当するものである。
租税の遅延利息に相当する延滞税は、本税の全部又は一部が法定納期限を経過してもなお納付されない事実が発生した時に成立し、それと同時に特別の手続を要しないで確定し(国税通則法一五条三項)、その未納税額を課税標準として発生する附帯税であり(同法六〇条一項)、その発生・存続・消滅の関係において本税に対する強い従属性を有している。
そして、遅延利息は、詐害行為がなされたために元本の弁済を受けることができなくなつて発生したもので、元本債務につき履行遅滞を生じたときは法律上当然に請求しうるもので、その発生・存続・消滅の関係において元本に対する強い従属性を有しているから、元本の弁済期以後の遅延利息も詐害行為取消権の被保全債権にあたると解される(最高裁判所昭和三五年四月二六日第三小法廷判決、民集一四巻六号一〇四六頁参照)。
このような元本と遅延利息の関係は、本税と延滞税の関係に相応するから、延滞税についても前記4の法理を適用して、詐害行為取消権の被保全債権たりうるものと解するのが相当である。
三1 <証拠略>によれば、滞納会社は、昭和五九年二月二九日までに実質上営業活動を休止していたが、本件事業年度の中途において営業を確定的に廃止する目的をもつて残存財産のすべてである本件物件を被告に譲渡し、その後一切の営業活動をせずに本件事業年度を終了したことが認められる。
2 請求原因(8)の事実は、当事者間に争いがない。
3 右1、2の各認定事実によれば、本件弁済は、本件物件譲渡以後の時点で行われたことが明らかである。
四1 債務者が特定の債権者と共謀し、外の債権者を害して右特定の債権者のみに弁済したときは、右弁済は詐害行為になると解するのが相当である。
2 そうすると、滞納会社が本件国税債権が本件事業年度の終了の時に発生することを十分認識しながら、その納付を免れる目的をもつて、被告と通謀して本件弁済をなし、それによつて無資力となり、原告国のために租税債務を完全に弁済することができなくなつたとすれば、本件弁済は、債権者たる原告国を害する詐害行為に該当するといわなければならない。
3 滞納会社が本件弁済により無資力になつたことは当事者間に争いがなく、また<証拠略>によれば、本件口頭弁論終結の時点においても無資力状態にあることが認められる。
五1 詐害行為取消権が発生するためには、前記四の客観的要件(詐害行為)のほか、主観的要件として、債務者の詐害の意思の存在が必要であることはいうまでもない。
2 これを本件に則していうと、債務者たる滞納会社が本件弁済による受益者たる被告との間に、一般財産を減少させて本件国税債権の債権者たる原告国を害することを目的としてなす通謀であると解せられる。
3 本件弁済当時被告が滞納会社の代表取締役を兼ねていたことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告国主張「抗弁に対する認否」(2)の事実が推認され、被告本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右しうる証拠はない。
六 そこで、被告主張受益者善意の抗弁について検討する。
1 被告は、税理士から誤つた情報を得たために本件国税債権の債権額につき大巾に誤認した旨主張し、被告本人の供述中にはこれに副う部分がみられるけれども、被告自身前記五認定のように不動産取引業に従事し、不動産取引にかかる法人税を納税した経験を有し、かつ税務の専門家である税理士が自己の得意先である被告に大巾に誤つた情報を提供するとは考えられないから、右主張は失当であるといわざるを得ない。
2 また、被告は、本件弁済が滞納会社に対して有する求償債権の一部にすぎない旨主張するけれども、右求償債権の額が前記三2認定のとおり本件弁済当時一億二七〇〇万円余であるのに対し、本件弁済の額が前記三2認定のとおり一億一三七〇万円であるから、被告は、右求償債権の殆どについて満足を受けたことが明らかであり、それによつて、前記四3認定のとおり滞納会社は無資力となり、本件国税債権の引当てとなる責任財産は全く存在しない状態となつたのである。
3 却つて、前記五3認定のとおり、被告と滞納会社間の通謀の事実が推認され、結局、被告主張の善意の抗弁は、これを認めるに足りる証拠がないから失当である。
七 以上の次第であるから、原告国が受益者たる被告に対し、本件国税債権を徴収するために、金九二七七万五七八六円の範囲内において本件弁済を詐害行為として取消し、右金員の支払(返還)を求める本訴請求は理由があるからこれを認容すべきである。
第二第一三四八号事件について
一1 請求原因(1)ないし(4)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 右事実によれば、昭和六二年四月三〇日、原告府が滞納会社に対し、二〇四二万二八七五円の法人事業税本税債権、六三三万七一八〇円の法人府民税本税債権が成立確定したことが明らかである。
3 そして、前記1の認定事実によれば、右2の租税債権の成立以前である昭和六一年九月二六日及び同年一一月一〇日に本件物件が譲渡され、登記が経由されたことが明らかである。
4 また、前記1の認定事実によれば、本件府税債権が成立確定したことが明らかである。
二1 前示第一の二1ないし3のとおり。
2 同4、5の法理は、法人事業税、法人府民税についても妥当する、と解せられる。
三1 第一の三1認定のとおり。
2 請求原因(6)の事実は、当事者間に争いがない。
3 右1、2の各認定事実によれば、本件弁済は、本件物件譲渡以後の時点で行われたことが明らかである。
四1 前示第一の四1のとおり。
2 同2の法理は、本件府税債権についても妥当すると解せられる。
3 前記第一の四3認定のとおり。
五1 前示第一の五1のとおり。
2 同2の法理は、本件府税債権についても妥当すると解せられる。
3 前記第一の五3認定のとおり。
六 被告は、本件府税債権に関して、受益者善意の抗弁を主張するけれども、これに対する判断は、第一の六判示のとおりである。
七 そこで、被告主張の消滅時効の抗弁について検討する。
1 民法四二六条によれば、詐害行為取消権は、債権者が取消の原因を覚知した時から二年間の短期時効の時効期間が進行することになる。
ここに「取消の原因を覚知した時」とは、債務者が債権者を害することを知つて法律行為をなした事実を債権者が知つた時をいうと解せられるから、本件についていえば、原告府が被告の詐害意思による本件弁済を知つた時にあたるといわなければならない。
2 この点について、被告は、昭和六二年七月頃原告府から「国税当局から聞いたのだが、被告は会社(滞納会社)から本件弁済を受け、会社は(法人)府民税や事業税を支払えないのですね。」という趣旨の問い合せを受けたとし、この時が前記「取消の原因を覚知した時」にあたる旨主張するけれども、右問い合せの事実のみによつては、未だ債務者の詐害の意思の存在、従つて詐害行為取消権の発生要件まで知つたことを推認することはできず、仮にそのように推認しうるとしても、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
3 原告府の本訴提起の日が平成元年九月七日であることは、記録上明らかであるから、原告府の詐害行為取消権が右短期時効により消滅するためには、原告府が昭和六二年九月七日以前に取消原因を覚知しなければならないことになるが、この事実を認めるに足りる証拠はない。
却つて、弁論の全趣旨によれば、原告府がこれを知つたのは、昭和六三年六月頃であることが認められる。
4 そうすると、被告主張の時効の抗弁は失当であるといわなければならない。
八 以上の次第であるから、原告府が受益者たる被告に対し、本件府税債権を徴収するために、金四二一一万五七五五円の範囲内において本件弁済を詐害行為として取消し、右金員の支払(返還)を求める本訴請求は理由があるからこれを認容すべきである。
第三結論
よつて、原告国及び原告府の被告に対する本訴各請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行宣言の申立については、相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 辰巳和男)
物件目録
一 大阪市淀川区宮原町三丁目三七七番
宅地 二一四・八七平方メートル
二 同所三九三番
宅地 七九・三三平方メートル
三 同所三九四番
宅地 五二・八九平方メートル
四 同所三九七番
宅地 七二・七二平方メートル
五 同所三九八番一
宅地 二五五・二五平方メートル
六 同所四〇三番
宅地 六・六一平方メートル
七 同所三九八番五
宅地 九・二一平方メートル
八 大阪市淀川区宮原町三丁目三九八番地一所在
家屋番号 三九八番一
鉄骨造陸屋根四階建店舗事務所
床面積 一階 二六九・三〇平方メートル
二階 二六八・七〇平方メートル
三階 二二九・七四平方メートル
四階 一四八・五三平方メートル
弁済目録
一 昭和六二年二月二三日 金 四六〇万円
二 昭和六一年一一月一七日 金 三〇〇万円
三 〃 〃 一四日 金一億〇三〇〇万円
四 〃 〃 一〇日 金 二〇〇万円
五 〃 九月二七日 金 一一〇万円
合計 金一億一三七〇万円
以上